涙の泉とやさしい風 — カヤノのはなし

森の奥へ進む道は、少しずつ暗くなっていった。
木々の背は高く、枝葉が空を覆い隠す。
昼間なのに、あたりは夕暮れのように影が濃い。
「……あ、あの……」
小さな声が後ろから聞こえた。
振り返ると、カヤノが立ち止まっていた。
両手を胸の前でぎゅっと握りしめ、目にはうっすら涙が浮かんでいる。
不安の涙
「どうしたの?」とハルメが首をかしげる。
カヤノは視線を落としたまま、小さく答えた。
「……森の音が、ちょっと怖いの。
カラスみたいな声もするし……もし迷ったら、どうしようって。」
フユカが少し眉をひそめる。
「また不安?大丈夫だって言ったでしょ。」
その言葉に、カヤノの涙がついにこぼれ落ちた。
「わかってるの。でも……“大丈夫”って言葉を聞くと、逆に、僕が弱いからこんなに不安になるのかなって思っちゃうの。」
静かな森に、カヤノのすすり泣く声が広がった。
涙は弱さじゃない
その時、ジンがいつもの調子でつぶやいた。
「涙って、からだの掃除みたいなもんだよな。ため込みすぎると、余計に重くなるし。」
リリルも頷いて、そっとカヤノの肩に触れる。
「そうよ。涙は、心のバランスを整えるために流れるものなの。あなたが繊細だからこそ、誰よりも早く変化に気づけるの。」
カヤノは目を丸くして、涙で濡れたまつげを震わせた。
「……そうなのかな。」
フユカは少し気まずそうに頭をかいた。
「ごめん、ついきつく言っちゃった。でも、泣いてるカヤノを見て、ちゃんと気づけた。ありがと。」
やさしい風に包まれて
そのとき、森をめぐる風が吹き抜けた。
ラベンダーの柔らかい香りが漂い、カヤノの涙をそっと乾かしていく。
香りはまるで「ここにいても大丈夫」と語りかけるようだった。
胸の奥のざわつきが少しずつ鎮まり、呼吸が楽になる。
「……なんだか、安心してきた。」
カヤノは小さく笑った。涙のあとには、ほんのり温かい光が宿っていた。
不安を抱えることの意味
不安を感じやすい人は、自分を責めてしまいがち。
「私は弱いから」「人に迷惑をかけてしまうから」と。
でも本当は、不安は “心のセンサー” のようなもの。
他の人が見過ごす危険や違和感に、誰よりも早く気づける。
それは大切な能力であり、仲間を守る力にもなる。
涙は、そのセンサーが働いた証。
それを押し殺さずに流せたとき、心はまた前に進む準備を整える。
あなたへのメッセージ
もし最近、不安で胸がいっぱいになったり、涙がこぼれそうになったことがあるなら、
それを「弱さ」だと決めつけなくてもいいかもしれません。
涙は、あなたの心が「安心したい」と願っているサイン。
その声に耳を傾けて、不安を誰かに話してみたら、安心に変わるかもしれません。
森の道を再び歩き出した五人の精霊たち。
カヤノの涙が落ちた土の上には、小さな花が芽を出していた。
次に物語を彩るのは、怠け者に見えて実は一番周りをよく見ている精霊―ジン。