怒りの炎と鎮静の香り ─ フユカのはなし

森の奥へ進んでいくと、木々の間から差し込む光が揺れていた。
五人の精霊たちは、それぞれに足取りを合わせながら歩いている。
先頭を行くのはフユカ。
赤い着物の裾を翻し、ズンズンと道を進んでいく
けれど、その眉間には小さなシワが寄っていた。
「またジンのせいで…!」
「ちょっと!ジン、また立ち止まって!なにをぼんやりしてるのよ!」
振り返るフユカの声は、森に響くくらい大きい。
ジンは木の幹にもたれ、欠伸をひとつ。
「…きれいなキノコだなぁって思ってただけ。」
「はぁ?キノコ?今は冒険の途中でしょ!」
フユカの声はさらに熱を帯びる。
カヤノはびくっと肩を震わせた。
「ふ、フユカ…そんなに怒らなくても…」
リリルは腕を組み、冷静に言った。
「でもフユカ、あなたが声を荒げると、森の空気も乱れるわ。もう少し落ち着いて。」
「うるさい!アタシだって好きで怒ってるんじゃない!」
フユカの声には、苛立ちと同時に、どこか焦りのような響きが混じっていた。
その様子をちらりと見て、ジンも歩き出したが…。
怒りの奥にあるもの
しばらく歩いたあと、フユカは足を止めた。
胸の奥がちりちりと燃えているような感覚。
怒りはエネルギーにもなるけれど、長く抱えていると自分を消耗させてしまう。
ジンが横から、ぼそっと声をかけた。
「フユカ、本当は心配してただけだろ。俺が立ち止まったら、遅れるんじゃないかって。」
フユカは一瞬言葉を失い、視線をそらす。
「……まあ、そうよ。でも言わなきゃ伝わらないでしょ。」
ジンは小さく笑った。
「怒鳴らなくても、ちゃんと聞こえてるよ。」
そのとき、森を渡る風がひとしきり吹いた。
フランキンセンスの深い香りが漂い、フユカの胸をふわりと包み込む。
香りは、火照った心を鎮めるように広がり、呼吸をゆっくり整えてくれる。
「……なんだ、ちょっと楽になった。」
怒りは「守りたい」気持ちの裏返し
フユカの怒りは、ただの爆発ではない。
仲間を大切に思うからこそ、危なっかしいことや怠けている様子に苛立ってしまうのだ。
怒りは、ときに「守りたい」という気持ちの裏返し。
だから、怒りを持つ自分を責めなくてもいい。
ただ、その熱をどう扱うかが大切なのだ。
フユカは一度、大きく深呼吸した。
「よし。次はちゃんと歩くのよ、ジン。」
ジンは肩をすくめて笑い、他の精霊たちもそれぞれ安心したように微笑んだ。
あなたへのメッセージ
怒りは、誰の心にもある自然な感情です。
それは、「大切なものを傷つけられたくない」というサイン。
もし最近、誰かに強く言いすぎたと感じているなら、
その裏側にある「本当に伝えたかったこと」を思い出してみてください。
もしかすると、それは「大切だからこそ守りたい」という優しさから生まれた感情なのかもしれません。
5人の精霊たちの旅は、まだ始まったばかり。
次は誰の心の物語が、森の中で顔をのぞかせるのだろうか。